2011/07/15 【月刊UMAJIN編集部】インタビュー・コラム「「独占!」【月刊UMAJIN編集部】インタビューコラム」
後藤浩輝/後藤の語! 第17回「クラシック」
月刊「UMAJIN」で連載中、後藤浩輝騎手の「後藤の語!」が大好評につき、ついにUMAJIN.netに登場!!
第17回の今回は初クラシック制覇となった2011年のオークスに挑むまで、そしてレース中の心理状態、本人だからこそ伝えられる真実を赤裸々に綴っている。
初めて乗る彼女はイラ立ち 反抗心ムキ出しだった
♪クラシックのぶん 涙がぁ?溢れ?ちゃ?うぅ? 今あつい 今あついキセキがぁ? この胸に吹いたらぁ?♪
ジュディマリの「クラシック」を聴いてみる…。ヴィヴァルディの「四季」を聴いてみる…。どんなにたくさんの人に祝福されて、「クラシックおめでとう!!」と言われても、いまだ俺のなかでは、それを受け止めて、心から叫ぶほどの喜びが生まれてこない…。信じられないというのがいちばん当てはまるだろうか?
5月22日、第72回オークス。俺とパートナーを組んだエリンコートは、先頭でゴールを駆け抜けた。その瞬間、彼女は3歳女王になり、俺はクラシックジョッキーとなった。今まで4つのGIを獲得しているが、このオークスが初めてのクラシック制覇。どれだけのガッツポーズ、パフォーマンスをして、どれだけ涙を流し、喜ぶのだろう? と勝つまでは想像していた。しかし、いざ勝ってみると、そのどれも生まれなかった。それはなぜか…?
俺とエリンコートとの出会いは4月10日。桜花賞を除外され、同日に行われた忘れな草賞に出走したときだった。そもそも前走は、リスポリ騎手が騎乗し、500万下のレースを勝ち上がったが、そのリスポリは帰国。さらには震災の影響により、俺は阪神での騎乗が決まっていて、たまたま桜花賞に乗る馬がいなかったため、除外対象だった彼女の騎乗騎手に、俺の名前を挙げてもらえた。しかし、案の定、抽選ではずれ、忘れな草賞へ回ることとなったのである。ただ、その忘れな草賞では、俺のお手馬アルマフローラが出ていて、そちらに乗るものと思っていた。しかし、オーナーが同じだったため、何だかわからないうちにサラッと話が決まっていたようで、そのままエリンコートでレースに出場することになったのである。その時点で、まだエリンコートと出会っていない俺は、「絶対にアルマフローラのほうがいいよ。この馬でオークスに行きたいんだ」と思っていた。
迎えた忘れな草賞…。初めて乗るエリンコートはやけにイラ立ち、「アナタを受け入れない!!」と、いわんばかりに反抗心ムキ出しで、ぶつかってきた。俺の手綱での操作を素直に聞こうとしなかったので、「まったくワガママな娘だ」と、俺もイラ立った。
俺は返し馬からレースまでの約15分の間、迷いに迷った。初めて乗る牝馬、そしてオークスへ向かう大切なレース。そこで、俺は彼女に対して、どう振る舞い、何を教えるべきか…。イチかバチか、ギリギリで出した答え、それは強く叱ることだった。本当にそれは勘でしかなかったのだが、それまで乗っていたジョッキーたちを思い浮かべ、四位先輩や幸はどちらかというと馬に対して、とてもやさしい、包み込むような愛情を持って乗るタイプ、そしてリスポリなどの外国人ジョッキーは、自分の言うことを聞かないと、見ているほうがびっくりするほど、ビシッと馬を叱るタイプ。それはレース前、お客さんの前であろうと関係なく、ムチで“バチッ”と叩いたりする。そのどちらが良いとも悪いとも言えないのだが、実際、前走でリスポリが乗って、それまで勝ち切れないエリンコートを勝たせていた。
普通なら、カッカして発汗している牝馬に強く叱ることなど逆効果。やさしくなだめるのが正解だと思っていたが、このときは本当に直感で「え?い、これでダメならしょうがない」と開き直り、思いっきりゲート裏で俺を見ようとしないエリンコートに「コルァッ!!」と怒った。デュランダルを父に持ち、折り合いに不安を抱えている彼女を叱れば、逆ギレされて一発でアウトの可能性があるのにだ。しかし、その瞬間、彼女は「えっ!?」って感じで、急にこちらに意識を向けてくれた。
しかし、それでも完全に俺に服従したわけではなかった。2コーナーを回るまではアゴを突き出して「わたしの好きなペースで走らせなさいよ!!」と挑んできた。そこでも俺は「絶対にダメだ!!」と強く気持ちをぶつけ返した。はっきりいってケンカだった。ところが、それで彼女はやっと俺を認めてくれたのか、スーッと体の力を抜き、それまでのキリキリした気持ちがどこかへ消えたのである。ただ、短距離馬で、前半ムキになって走り、ハミがやっと抜けたときにはもうガス欠になっている、なんてことはよくあること。しかし、エリンコートは違った。4コーナーから、グンッと再びエンジンがかかり、すばらしい末脚を繰り出して、勝ってくれたのだ。その時点で、自動的にそのままオークスでも手綱を取ることが決定した。
オークス当日の彼女は 従順な女の子になっていた
2000mからさらに400m伸びるオークスでは、さすがに厳しいだろうと思った。それはやはりデュランダルという名スプリンターの父の存在があったからだ。その後、俺はオークストライアルのスイートピーSをアカンサスで強い勝ち方をした。いかにもオークスで好走できそうな走りに、俺は正直苦笑いしてしまった。ただ、すでにエリンコートがいた俺にアカンサスに乗り替える気持ちはまったくなかった。それはどちらが上か下かではなく、義理を通すか通さないかというだけの話だ。エリンコートを管理する笹田調教師からは、「ヒロキ、全然気にしないで、あっちに乗ってもいいぞ」と言われたが、そんな気はさらさらなかった。
しかしながら、アカンサスだけでなく、マルセリーナ、ホエールキャプチャなど、めちゃめちゃ強い馬を相手に勝てる自信がなかったのも事実。そこから、俺はドM気質全開で“血統への挑戦”モードに入った。プレッシャーなど、もちろんない、攻める気持ちだけだった。レース展開うんぬんより、とにかく折り合いだけ、エリンコートとの呼吸を合わせることだけにテーマを絞った。エリンコートに合ったアブミの長さ、手綱の持ち方、全身の関節の動かし方まで、細かく決めていった。
そして、迎えたオークス当日。良馬場で始まった東京競馬場。天気予報では、午後から雨ということだったが、何とかギリギリメインレースまではもってくれるだろうと思っていた。が、9Rあたりから、どんどん真っ黒な雨雲が競馬場へ近づき、ついにオークスのパドックが始まったときには、ひどいどしゃ降りの雨となってしまった。この雨が、レースを大きく変えてしまったように思う。きっとジョッキーの心理にマイナスに働きかけ、守りに入ってしまったはずだ。どしゃ降りのなかでの2400m、どの馬にとっても未知であり、間違いなく不安ばかりが大きくなる。なるべく体力を消費させないように乗ろうと思い、それがレースのなかで微妙な“ズレ”となってしまう。
ただ、俺とエリンコートには余計なプレッシャーというものがなかった。あくまでもチャレンジャーとして、いかに彼女を気持ちよく走らせてあげられるか??だけを考えていた俺にはその雨は何の障害にもならなかったのだ。そして、その日の彼女は俺のために背中を空けて待っていてくれた。パドックで跨った瞬間、前走との気持ちの変化を感じた。反抗するどころか、俺からの指示を待っている従順な女の子になっていたのだ。
ウイニングロードが見えた ところが残り400mで…
スムーズに返し馬を終え、いよいよファンファーレ。俺たちは、絶好の4番枠に入り、深呼吸をした。
“ガシャン”
ゲートが切られた瞬間、大雨と大歓声のなかを走り出した。俺も彼女も、びっくりするくらいに落ち着いていた。リズムとペースだけ…ライバルなんて関係なかった。向正面に入ると、自分たちがいる場所が絶好なことに気づく。自然とウイニングロードが見えてくる。
“その通りに走って負けたのなら仕方ない”
そう信じて、俺は3コーナーからエリンコートにサインを送った。彼女も俺のサインに的確に反応してくれた。4コーナーでは、最高のかたちで外へ持ち出せた。後ろを待たず、相手は前の馬だと追い出しにかかる。
“ギュン!!”
その加速力は、忘れな草賞のときとは比べものにならない回転の軽さだった。ところが、残り400mになったところで、彼女は暗い馬場を照らすスタンドのライトに驚き、内の馬にぶつかるほど左へヨレてしまった。
“ダメだ!”
俺は必死で直そうとするが、それまでに余力を残しすぎていて、逆に気持ちがあちこちにいってしまうのだろう。グングン伸びていくのだが、常に彼女の目はスタンド方向にしか向いていない。最後は2着のピュアブリーゼが内にいることもわからないくらいだった。もう勝たなくてもいいと思ってしまうほど、俺は追うのをやめ、真っ直ぐ走らせることだけを考えた。しかし、グイッとクビだけ出てゴール…。
“勝ってしまった…?”
これが正直な気持ちだった。まさに「?」だった。「あれ? これってオークスだよなぁ? クラシックだよなぁ?」。そして、ヨレたことによる審議もわかっていた。そんなことを考えていたら、ガッツポーズも、ウイニングランもできないまま終わってしまった。コンビを組んで、たった2戦で大きな大きなタイトルを獲り、頂点に立ってしまった。
“本当にいいんだろうか?”と、今でも頭をよぎる。しかし、俺たちの歴史、ストーリーはこれから作っていけばいいのかもしれない。オークスを勝った翌週に彼女に会いに行き、初めてまじまじと彼女の顔を見た。
女王らしい品のあるキレイな顔だった。彼女がどんなふうに夏を過ごし、秋を迎えるのか、今から楽しみでならない。俺も女王の背中にふさわしいジョッキーいられるように“成長の夏”を過ごしていきたい。
2011年6月11日 後藤浩輝
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