2011/01/28
【月刊UMAJIN編集部】インタビュー・コラム「「独占!」【月刊UMAJIN編集部】インタビューコラム」
武豊/ダービーのすべてを語ろう
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日本ダービー騎乗18回。前人未踏の優勝4回をマークした天才は、同時に「誰よりも多くダービーを負けている」現役ジョッキーでもある。日本一ダービーを知っている男が、そのすべてを静かに語り出した。(2007/5/16発売 keiba02に収録)
ダービーのすべてを語ろう
??史上最多の日本ダービー4勝を達成した今でも、武さんにとって、ダービーは特別なレースですか?
武 もちろんです。この世界で仕事をしている人はみな、ダービーには特別な思いを持っているんじゃないですか。
坂井 騎手にとっては、乗るときの興奮度がちがう。どんなに人気がない馬でも、ダービーに出られるというだけで嬉しい興奮があるよね。
武 はい。
??そんなレースはダービーだけですか。
武 ええ。有馬記念とかジャパンカップとはまたちがうんです。どっちが上とか下とかではなく、ダービーには独特の緊張感と喜びがありますね。
??武さんの「子供のころからの夢」はダービーを勝つことだった、と。
武 そうです。「騎手になりたい」と思って、将来の自分を思い描くとき、浮かんでくるのはダービーを勝つ姿だった。「騎手になりたい」という気持ちは、イコール「ダービーを勝ちたい」という思いだったんです。ダービージョッキーになることを夢見ないで騎手になる子はいないと思いますよ。
??ほかのスポーツ、例えば野球なら、日本のプロ野球に入る前の若者がメジャーリーグ志向を持っていたりしますが、競馬の場合、日本で生まれたサラブレッドはみな日本ダービーを目指します。
武 どの関係者も、まずダービーを目標にしますよね。やっぱり、みんなが特別な思いを国内のレースに対して持っているというのは、すごく嬉しいことだし、誇れることだと思います。
坂井 特に騎手にとっては、ダービーに乗りたいという気持ちは絶対的だよな。
武 ええ。ひとつのレースにこれだけ乗りたい、出したい、勝ちたいとみんなが思うだけの何かがあるんでしょうね。
何もできずに終わってしまいました
??武さんが騎手になる前に見たダービーで印象に残っているのは?
武 いろいろあるけど、一番は親父(武邦彦調教師)が騎手時代に勝ったロングエース(1972年)かな。当時、ぼくはまだ3歳だったんだけど、その後、何度もビデオで見ましたから。
坂井 やっぱり、タケクニさんが乗った馬にまず注目したんだろうな。
武 そうですね。ダービーの意味を理解して見るようになったのは、クライムカイザーが勝ったとき(76年)からなのですが、そのときも、親父のテンポイント(7着)を応援しながらテレビでレースを見ていました。子供心にも、ダービーの特別な空気を感じていましたね。
??では、武さんが騎乗したダービーをふり返っていただきます。
武 初騎乗は、デビュー2年目、88年のコスモアンバーでした。前の週に900万下の菩提樹特別を使うことになって、中村均先生が「勝ったら連闘でダービーに行こう」と言ったんです。めっちゃ燃えましたね。で、そこを勝って、ダービーに出ることになったんです。
??その年、坂井さんもガクエンツービートでダービー初騎乗を果たしました。
坂井 おれも青葉賞を勝って、ダービーに出られるようになったんだ。
武 自分で権利をとった嬉しさって格別ですよね。そのレースを勝ったこと以上に、これでダービーへ行けるという。
坂井 そう、人から回ってきたのとは、やっぱりちがうよね。
武 ぼく、あの年1番人気のサッカーボーイに乗った河内(洋)さんと一緒に新幹線で東京に入ったんです。(松永)幹夫さんとかも一緒に、ずっと食堂車にいたことをよく覚えています。
坂井 指定席がいらなかったぐらいだ。
武 はい(笑)。東京駅に着いたら、新聞記者やカメラマンがたくさんいて、河内さんを一生懸命撮っているのを見て、「やっぱりダービーはちがうんだな」と思いました。
坂井 こう話していると、新幹線に食堂車があった時代のことを、いろいろ懐かしく思い出しちゃうね。
武 あのころは、関東に遠征する、というだけで張り切っちゃいました。もう、一大イベントみたいな感じで。
坂井 当たり前に東西を行き来する今とは感覚がぜんぜんちがうよな。
武 ええ。しかも、ダービーに乗るための遠征ですから、誇らしかったです。
??レースそのものはどうでした?
武 内でつつまれて、何もできずに終わってしまいました。(リプレイを見ながら)今こうやってあのころの騎乗を見られるのは、恥ずかしいですね。
??戦前に抱いていたイメージなどは?
武 もう少し前で競馬をしたいと思っていたんだけど、無理でした。当時はフルゲート24頭だったから、1コーナーとか、怖かったですよね。
坂井 外から一気に来る馬もいたし。
武 ただ回ってきただけで終わってしまったし、また、勝ち馬から大きく離れていたせいか、すごく遠く感じましたね、ダービーのタイトルが。
??2度目が翌年、89年のタニノジュニアス。武さんは、前年秋に菊花賞を勝って初GI制覇。この年の春も桜花賞、天皇賞などを勝っていましたが……。
武 ダービーでは何もできなかった。
??3度目は90年のハクタイセイ。
武 皐月賞馬が回ってきたので、「すごいチャンスをもらったな」と思っていたのですが、掛かってしまいました。
坂井 もともと2400mだと、距離が長すぎるタイプだったね。
武 でも、下手に乗ったな、と思いますよ。今乗りたいです。もう1回、ハクタイセイであのダービーに出たい。
??4度目は91年のシンホリスキー。
武 スプリングSを勝った馬です。今ならダービーではなくマイル路線に行っていたと思う。あのころは、出られる馬は全部ダービーに出ましたけど。
??次の年、ミホノブルボンが勝った92年は見学になってしまいました。
武 乗る予定だったノーザンコンダクトが故障して、ほかに乗れそうな馬がいなかったので、東京競馬場のスタンドから見ることになりました。あの日東京に行ったのはなぜかというと、東京競馬場にいれば、もしかしたらダービーの騎乗馬が回ってくるかもしれないと考えたからです。何があるかわかりませんから。
坂井 乗り役らしい考え方だね。
武 東京競馬場にいなきゃ、ダービーに乗れないですものね。
幻の三冠馬だと思います
??5度目は、93年、3着になったナリタタイシン。上位2頭、ウイニングチケット、ビワハヤヒデとの「三強」でした。
武 タイシンはそのなかの3番手というか、二強プラス1の評価でしたね。
??それでも、やっぱり勝ちを狙って?
武 はい、狙っていきました。あのとき初めてダービーで納得の行く騎乗ができた。「ダービー、そのうち勝てるんじゃないかな」と思いました。ダービーにむけての考え方が変わりはじめたのは、あのころからですね。遠い存在だったダービーが、近づいてきたように感じました。
??6度目は、94年、フジノマッケンオーでナリタブライアンの4着。
武 大健闘でしょう。1200mのダート重賞とかを勝つ馬で着に来たわけですから。
??そのダービーの3着馬、何だったか覚えていますか?
武 ええっと、2着が岡部さんのエアダブリンで……そうか、坂井さんのヤシマソブリンだ。
??着順は3着とはいえ、相手があのナリタブライアンだから、充分以上に善戦できた、という感覚ですか?
坂井 いや、やっぱり勝ちたいという気持ちがあったね。菊花賞でも負かしに行ってチギられたけど、「この馬には絶対に適わない」という考え方ではない。それは豊も同じだと思うよ。
武 今、18頭立ての18番人気の馬の騎手も「ひょっとしたら」と思って乗っている、絶対に。
坂井 特にダービーだと、ね。
武 ええ。ダービーに出ている騎手は全員、ちょっとでも勝ちにつながりそうな可能性を探していると思います。
坂井 騎手は何かしらやりたいんだ。最初からあきらめて乗っているやつはいない。じゃあ、この馬から最大限いいところを引き出すにはどういう乗り方があるのか、と考えるんだけど、そこで変なことを言うのが調教師なんだ(笑)。特に関東のね。豊あたりでも、まだ余計な指示を出されることがあると思うよ。
武 聞くだけでも頭の片隅に引っ掛かってしまうから、困りますね。
坂井 「これどうやって乗る?」みたいに相談したり、馬のクセを伝えたりするのはいいんだけど、下手な指示は、騎手の邪魔になるんだよな。
武 例えば、テン乗りのとき、その馬のデビュー戦からビデオや成績を見て、さらに、自分が乗るレースのメンバーからして「どう考えてもハナに行ったほうがいいな」と思っているときに「抑えてくれ」と言われたりすると、その時点で、もう苦しくなってしまう。
坂井 それくらい微妙なんだよね。
??騎手と調教師の感覚にギャップがあるんですね。
武 騎手はレースが仕事だから、ずっとレースのことを考えているんです。調教師は、自分の管理馬のことをずっと考えているわけですよね。
坂井 だから、レースは騎手に、仕上げは調教師に任せて、互いの領分をもっと尊重すべきなんだよな。ところで、この前の土曜日の最終、マルブツクロスに乗って勝ったレース、上手かったな。インに入るタイミングが絶妙だった。
武 ありがとうございます。普段何も言わない杉浦先生も「たいしたもんだわ」と褒めてくれました。あの馬、大野(拓弥)君という若手がずっと乗っていたでしょう。彼、最後までひとりで残って、あのレースのパトロールビデオを見ていたんです。「あ、この子、伸びるだろうな」と思いました。
??さて、94年のフジノマッケンオーの話題に戻りますが、あのレースも、デビュー2、3年のころにはできなかった競馬だったのでは?
武 そうですね。やっぱり、あのころから騎乗技術がついてきたんだと思います。
??95年、7度目のダービーの騎乗馬はオースミベスト。8着でした。
武 結果はぜんぜんダメでしたけど、ダービーでも、ちゃんとレースができるようになりましたね。
坂井 あの馬、3番人気だったのか。いわゆる「ユタカ人気」だな。
武 ほかのレースでは「人気しすぎて嫌だな」と思うことがありますけど、ダービーだけは、人気になると嬉しいです。
??翌96年、8度目のダービーとなったダンスインザダークが、武さんにとって初めてのダービー1番人気でした。
武 惜しかったですね。皐月賞を熱発で回避したことが痛かった。ほんと、幻の三冠馬だと思います。
??以前、武さんは、反省点があるとしたら、トライアルのプリンシパルSで、もうちょっとちがう乗り方があったかも、と話していましたが。
武 この馬も、今乗りたいと思います。
??乗り直すとしたら、プリンシパルSからですか?
武 ダービーだけでも。あのころはまだサンデーサイレンス産駒の特徴なども、つかみ切っていなかった。結果はわからないけど、今ならちがう乗り方をして、あの馬の力をもっと引き出すことができると思います。
??デビュー前に牧場で跨った馬でダービーに出たなんて、初めてですよね。
武 もちろんそうです。
坂井 牧場で2歳馬に跨ったりするようになったのは、豊あたりからでしょう。
武 そうですね。
坂井 昔は、乗り役が牧場に行くのを調教師が嫌がったんですよ。馬主と付き合うことも。
??それはどうしてですか?
坂井 自分を通してほしいからでしょう。
武 今は変わりましたけどね。やっぱり、騎手は生産者のことを知ったほうが絶対いいと思う。知識が多くなるし、育成で関わる人たちの思いもわかって、競馬に対する考え方も変わってくるし。
坂井 レースに臨むにあたって、力の入れ方まで変わってくると思うよ。
武 また、生産、育成にたずさわっている人も、ダイレクトにジョッキーの話を聞いたりするとプラスになるはずです。
坂井 それを最初にやったのが、社台ファームと豊だったんだな。
??次の年、9度目のダービー参戦となったランニングゲイルにも、デビュー前に跨っています。
武 ゲート試験に乗ったんだけど、大暴れして不合格でした(笑)。あの馬、函館でちがう騎手が乗ってデビューしたんだけど、また暴れて出遅れたり、次走は競走中止になったりしていた。でも、ゲート試験のときに「走るな」という感触があっから、加用さんに「また乗せてください」と言ったんです。
??あの馬もダービーでは有力視され、単勝6.2倍の2番人気でした。
武 弥生賞を、まぐれみたいな感じで圧勝してしまいましたからね(笑)。
??弥生賞では、3コーナーから一気に動き、前をひとまくりにしました。
武 よくわからない馬の場合、ああいうレースをすることがあるんです。実はすごい怖がりだった、というようなこともあるので、いろいろ思い切ったことをやってみるんです。
ダービーにむけて乗りました
??そして10度目の参戦となった98年の騎乗馬はスペシャルウィーク。
武 デビュー戦の2週前、ゲートからの1マイルの追い切りに乗ったんです。タイムは104秒ぐらいでした。
??この年のダービーは、ミスとアクシデントさえなければ勝てる、と?
武 そう思っていました。皐月賞を負けていたし、ぼくはダービーを勝ったことがなかったけど、自信がありました。やっぱり、それまでダービーを9回乗ってきたことが大きいと思う。これがダービー初騎乗だったら、ぜんぜんちがう気持ちで乗っていたでしょうね。
??スペシャルウィークは、新馬戦から、もうダービーを意識した乗り方をしていたんですよね。
武 はい。どのレースでも東京芝2400mのペースを意識して、ダービーにむけて乗っていました。
坂井 豊の場合、普段もメインレースにむけての競馬をしているよね。第1レースから芝のどこがよくて、どこが悪くて……といったことをチェックしながら、前のレースで内に入れたら、次は外に出してみたりと、いろいろやっている。
??あのころ武さんは「ダービーというのは東京芝2400mの3歳のオープンレースのひとつである」と普段着で構えたほうがいい部分と、「やっぱりこれはダービーという特別なレースなんだ」という両構えの考え方が必要だと言っていましたが、今もそうですか?
武 ええ。だって、出ているジョッキー全員が「勝てるんじゃないか」と思って乗っているんですよ。ぼく自身もそうだけど、みんな同じ心理状態だということを忘れないようにして乗っています。本当は、普通の3歳オープンの2400m戦なんだけど、ジョッキーの頭のなかが3歳オープン特別じゃない。みんな「勝ちたい」という気持ちが強すぎるから、普通なら動かないようなところから動いたり、逆に我慢しすぎたりする。そんなふうに、ジョッキーの頭のなかが「ダービー仕様」になっていることも、ダービーだけのおもしろさにつながっているような気がします。
??その特別なレースで初勝利を挙げてから、連覇するわ、3勝、4勝するようになったわけですが、坂井さんから見て、スペシャルウィークに乗る前後で武さんが変わったところなどはありますか?
坂井 いや、その前から変わってきているんですよ。豊だって最初から上手かったわけじゃなく、デビューした年なんかは、同じような体格のタケクニさんと比べると、体の畳み方とか、拳で馬を動かす技術はずいぶん劣っていた。それがここまでの騎手になったんだから、見えない努力があったんだろうね。そうやって積み上げてきたものが、あのころ表に出た、ということでしょう。今の豊は、ゴール前接戦になったときの引きつけとか、ハミの外し方なんかも工夫している。それをほかの騎手もできているかというと、何もできていない。特に若手には、もっと頑張れ、と言いたいね。
??翌99年、11度目のダービーの相棒はアドマイヤベガ。ダービーを連覇したわけですが、やはり前年の勝利があったからできた競馬だったのでは?
武 ええ。あと、負けた9戦で得たものもあったからできたんだと思います。
坂井 普通の乗り役は、あそこまで我慢できなかったと思うよ。ゴールをゼロと計算して勝ったレースだった。
武 さっきの話に戻りますが、もし調教師に「先行してくれ」とか言われていたら、あの競馬はできなかったし、あの結果は出ていなかったと思います。
??次の年、12度目は2000年のエアシャカールで2着。危うく、と言っては失礼ですが、もうちょっとで……。
武 3連覇しそうになりましたね。惜しかったァ。
??兄弟子の河内洋さんが、悲願のダービー初制覇を達成しました。
坂井 あれは先輩に譲ったんだな。
武 そんなことはないです(笑)。
??13度目、01年はNHKマイルCを勝った外国産馬クロフネで5着。
武 すごくいい馬なんだけど、あのときは、なんかあんまり走らなかった。その後のジャパンCダートのレースぶりからもわかるように、スタミナがないわけじゃないんです。
坂井 馬はそういうことがあるからな。
武 ええ。今年の桜花賞のウオッカもそうですよね。それまでのレースより折り合いがついて、前走は馬なりでかわした馬を差せないんだから。なんでだろう、と思ってしまう。クロフネも、終わってから「あれ? なんで」という感じ。
坂井 それがわからない。
武 怖いですよね。だから、どんなに強い馬に乗っていても、嫌な気持ちがつねにある。馬ですからね。馬は「これを勝たなくちゃ」とか「もし負けたらえらいこっちゃ」とは思っていないから(笑)。
坂井 周りが騒いでいるだけで。
武 馬自身は、「わしゃ知らんがな」という感じだと思います。その裏返しで、ほかの騎手が乗っている大本命にも、今言った「あれ?」が来たらいいな、と思っちゃうわけです。来たら勝てるんじゃないか、と。
??トウカイテイオーやナリタブライアンなどを相手にしていたときも?
武 はい。まともに勝てるとは思っていないけど、「あれ?」があるのが競馬ですから。
坂井 こういうのも、ジョッキーらしい考え方だね。
??翌02年、14度目はタニノギムレットでダービー3勝目を挙げました。
武 前年の暮れに阪神の1600mの未勝利戦を四位(洋文)君が乗って勝ったんです。ぼくも阪神にいたんだけど、そのレースには乗ってなくてテレビで見ていて、この馬はすごいな、と。で、あまり自分から調教師に言うことはないんですけど、あのときは言いましたね。「タニノギムレット、シンザン記念で乗せてください」と。松田国英先生は、「え、なんで乗ってくれるの?」みたいな感じでした。
坂井 何か豊に感じるものがあったんだろうね。
武 はい。あのときはピンと来ました。
それはそうだなという感じ
??翌03年、15度目はサイレントディールで4着。
坂井 あのときは、勝ったネオユニヴァースがやけに強かったな。
武 ええ。馬場の悪い内にほかの全員でミルコ(・デムーロ)をとじ込めて、シメシメだった。ミルコにしてみたら最悪の競馬で負けパターンだったのに、ほんと、強かったですね。サイレントディールも頑張ったと思います。今思えば、よく2400mで折り合ったな、と。
??04年、16度目はアドマイヤビッグで14着に惨敗しました。
武 あの年は、相棒のブラックタイドが皐月賞で故障してしまったのがすべて、という感じです。
??勝ったキングカメハメハの2戦目、エリカ賞は武さんが乗って勝っているんですよね。
武 あのときは、正直、そんなに強いと思わなかった。いい馬だな、とは思ったけど。アンカツさんも、新馬戦に乗ったときはあまりグッと来なかったらしいんです。だから2戦目でぼくに回ってきたわけですけど、ダービーのあと、アンカツさんもびっくりしていました。馬って変わるんだなあ、って。
??そして05年、17度目はディープインパクトで、前人未到のダービー4勝目をマーク。ダービーで単勝1.1倍のプレッシャーはどうでした?
武 自分の感覚以上の大本命はちょっと、と思うけど、感覚と一致した人気はぜんぜん嫌じゃないです。ディープの場合、1.1倍というのも、それはそうだな、という感じでした。
??それでも、珍しくプレッシャーに言及していましたが。
武 まあ、それは……乗りやすい馬ならともかく、本当に大変な馬ですから。
坂井 あの小さな体で、あれだけ力があるんだからな。
武 行き出したら、抑えるのは本当に無理ですね。
坂井 折り合いひとつなんだけど、それがハンパじゃなく難しい。
武 そうなんです。いったん行き出すと、力もスピードもちがうから。
??菊花賞の1周目のように。
武 途中でああいうふうに走られたらどうしようと、やっぱり思ってしまいますよね。
坂井 ただ、あの馬は頭がよかったね。
武 ええ。
坂井 ゴーサインなどの指示に対する反応を見ていると、頭のよさがよくわかった。キャリアを積むにしたがって、ある一瞬さえ我慢すれば、すっと折り合いがつくようになっていった。やっぱり、それだけ豊が背中で丹念に教え込んだということでしょう。
??新馬戦前の調教でディープに初めて乗ったとき、武さんが意識したのは三冠全部ではなかったのですか?
武 ダービーしか考えませんでした。よし、これで来年のダービーに行くぞ、という気持ちで新馬戦に乗っていました。
??数々のタイトルホルダーである武さんにとっても、ダービー4勝は、もっとも誇れる記録なのでは?
武 そうですね。外国に行ったとき、ダービーを4つ勝ったと言うと、みんな、「おおっ」と驚いてくれるから、嬉しいです(笑)。でも、ぼくは誰よりもダービーを勝っていると同時に、誰よりも多くダービーで負けているんじゃないですか? 現役のジョッキーのなかで。
坂井 それだけ乗っている、ということだよね。
武 たくさん負けているから、たくさん勝てるんだと思いますけど。
??昨年、18度目のダービーとなった06年はアドマイヤムーンで7着でした。
武 去年は何もできなかったなあ。
??でも、今のアドマイヤムーン、恐ろしく強いんじゃないですか?
武 強いですよ。乗りつづけた理由がわかるでしょう? 去年の春は、すごい未完成だったんです。もちろんダービーもチャンスだと思っていたんですけど。
坂井 完成途上だった。
武 そうです。
坂井 最近、ようやく大人になってきた感じなんじゃない?
武 ええ、本当に馬がしっかりしてきました。
??あのダービーでは、石橋守さんのメイショウサムソンが二冠制覇を達成しました。
武 なんか、自分が勝っていないダービーを見ると、勝った馬はみんな上手く乗られていますね。石橋さんも完璧だった。やっぱり、強い馬が上手く乗られて初めて勝てるんでしょうね。
チャンスだと思ってる
??武さんが思う「ダービー馬の条件」を教えてもらえますか?
武 ぼくは、ダービーを意識して乗ってきた馬でしか勝っていないですね。
??じゃあ、途中から乗ったタニノギムレットも?
武 もちろんそうです。シンザン記念もダービーを意識して乗りました。
坂井 未勝利を見たときに、「そうしていこう」と思ったんだろうね。
武 はい。とりあえず次のレース、またその次のレースだけを勝つように……とやってきてダービーを勝つことは、ほとんどないと思います。「目標はダービー」ということを頭に置いて、このレース、次は……とやっていかないと勝てないんじゃないですか。
??鍛えてダービー馬をつくる、ということは可能でしょうか。
武 鍛えなきゃ絶対に無理です。
坂井 もちろん、能力のない馬をいくら鍛えたってダメだけどな。
武 勝てる能力がなきゃダメ。で、勝てる能力を持っている馬というのは何頭もいると思うんです。でも、勝てるのは一頭しかいない。
坂井 勝てる素材をダービー馬にできるかどうかは、人間次第ということだね。
??今年の牡馬クラシック戦線で武さんは、アドマイヤオーラ、ヴィクトリー、オーシャンエイプス、ナタラージャ、フェラーリピサ、ニュービギニング……と現時点で6頭、ダービーに出られそうな馬に乗っています。それで、武さんが昨年まで、その年のダービー出走馬に、本番でテン乗りになった馬をふくめてダービー前に何頭に乗っているか数えてみたのですが、昨年は8頭。ディープで勝った05年は5頭、04年8頭、03年5頭、タニノギムレットで勝った02年は5頭、01年4頭、00年2頭、99年3頭、98年はスペシャルウィークのみ。その前は3、4、6、3、2頭、本番で騎乗馬がなかった92年は4頭、さらにその前は2、2、3、初騎乗の88年はコスモアンバーのみ。
武 有利ですね(笑)。馬のクセを知っているんだもん。直線であの馬は右に行くな、とかわかっていると、レースですごく得をする。初めてのGI勝ちだった88年の菊花賞も、前に乗った馬のクセを利用して勝つことができたんです。
坂井 プロなんだから、それを利用するのはいいことだよね。
武 調教師とかに「うちの馬に乗せたい」と思わせたほうが勝ちですからね。陣営にしてみると、自分の馬に乗せている限り、ほかの馬には乗られないわけでしょう。ほかの馬の調教師に「嫌だな」と思われたほうがいいんです。
坂井 毎度のことだけど、これだけ騎乗馬がひとつのレースに集まると、やっぱり悩むだろう?
武 ええ。ほかの馬のよさも知っているだけに、悩んじゃいますね。
??ところで、今年のクラシックはサンデーサイレンス産駒不在の初のクラシックなのですが、それを乗っていて感じることはありますか?
武 あります。やっぱり、それだけサンデーの存在は大きかったんですね。
??世界一サンデー産駒で勝っている武さんとしては特に関係してくると思うのですが、これからは、強い馬の形とかも変わってくるのでは?
武 ええ。レース自体もちょっと変わってくるかもしれない。それを騎手はきちんと把握していかなきゃいけないし、先に気づくほうが有利だと思います。
??上の世代にはまだサンデー産駒は残っていますが。
武 それでも、現状、そして今後に合わせていかなきゃダメですよね。
??見ているほうは面白いですが、やっているほうは?
武 面白いですよ。いろいろ考えさせられますしね。
坂井 なんか、未知のところにむかっていくのって、いいよな。
武 そうですね。
??現時点で、一番サンデーに近い産駒を出すのは?
武 ダンスインザダークの仔なんかは、似た面を持っている馬が多いような気がします。でも、いろいろわかってくるのはこれからだと思います。
??ところで、武さんが乗ったことのあるほかの国のダービーは、95年のケンタッキーダービー、02年のフランスダービー、そして今年のUAEダービーの3レースですよね。
武 そうです。スキーキャプテンで出たケンタッキーダービーは、馬場入りのとき感動しました。フランスダービーはモンジューの弟のラフーという、ぼくをフランスに呼んでくれたハモンド厩舎の馬で出ました。あのときは、なんか、日本の騎手仲間に対して、とても誇らしく思えましたね。UAEダービーは、ワールドカップデイのひとつのレースで、メインではないから、米仏のダービーとはちがう感じがしました。
??この春のクラシックに話が戻りますが、武さんから、読者に「ここを見てほしい」といったポイントは?
武 今年はディープのように抜けた馬のいない、混戦ですよね。どのジョッキーもチャンスだと思っている。そのへんの駆け引きとか、ですかね。
坂井 展開や何かで、どの馬が勝ってもおかしくない年になると思うよ。
武 上手く乗った人が勝つんじゃないですか。
坂井 そうなったら、また豊とアンカツばかりになるのか(笑)。ふたりとも、ずるいというと言葉が悪いけど、相手を封じる技術があるからね。
武 自分の馬の特性を生かし切ることが優先で、それプラス、相手に力を出させないことですね。相手というのは別に一頭だけじゃないですけど。なんか、こうしてダービーが近づいてくると、いいですね。気持ちが引き締まって。ファンの人には、とにかく競馬場に足をはこんで、レースを見てほしいと思います。
??最後に、武さん、何か今年の具体的な目標は?
武 最初は200勝とか言っていたんだけど、いきなり騎乗停止とかで予定が狂って調子が悪いから、それはもうやめました。ダービーにします(笑)。
??では、もっと長期の目標は?
武 できるだけ長くジョッキーをつづけたい。最近、えらくベテランみたいに扱われるから「アンカツさんの10コ下や」と言っているんです(笑)。
坂井 長くやるには、やっぱり自分の体のケアだよな。おれもこの年齢で馬に乗っているんだから、豊には還暦まで現役でいてほしいな。
武 はい、目指します(笑)。長くジョッキーをやって、一回でも多くダービーに乗りたいですね。
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