2011/03/08 齋藤 俊介「名馬列伝」
【名馬列伝】三冠馬シンザンの傑作と義理の男・柴田政人/85年スプリングS
1985年クラシックロード。豪脚ミスターシービー、皇帝シンボリルドルフという2頭の三冠馬に続くこの年は、柴田政人騎手のクラシックともいえた。
圧倒的な東高西低の中で、美浦のクラシック候補馬は次々と柴田政人騎手のもとに集う。シンボリルドルフには本来、柴田政人騎手が騎乗の予定だったが、デビューに際して新潟を使うことになり岡部騎手となった経緯がある。ルドルフの翌年に「政人にダービーを」と、周囲のホースマンが無意識に動いたことは想像に難くないだろう。
そして、皐月賞を控えたスプリングSで柴田政人騎手には3頭のお手馬がいた。無敗の2歳チャンピオンであるスクラムダイナ、2戦2勝のミホシンザン、快速サザンフィーバーの3頭である。
騎手として「ダービーを獲りたい」という夢に挑み続けている柴田政人の本能は「ミホシンザン」という答を明快に訴えかけていた。距離や性格的な問題があるサザンフィーバーに東京の2400mは厳しい。スクラムダイナも2000mを超えた時に不安がある。
三冠馬である父シンザンの剛性と溢れる速さを母から受け継いだミホシンザンには、3年連続の三冠すらありうるというのは、客観的に見た筆者の評価でもあった。
しかし、柴田政人騎手は義理の人。スクラムダイナは、千明牧場、シンボリ牧場が産んだ三冠馬に闘志を燃やし「ダービー」に焦がれる社台F・吉田善哉氏の期待する、両翼のうちの1頭(もう1頭はサクラサニーオー)。
決断に悩む柴田政人騎手の様子を見て、スクラムダイナを管理する矢野進調教師は「岡部君に頼むから」と自ら声を掛けに行った。岡部騎手は新馬戦に乗って勝たせているし、柴田政人騎手にとってもスクラムダイナを任せるにベストの騎手である。なぜならば、あとで自分が乗ればと言われることのない信頼すべき同期の名手だからだ。
これでスクラムダイナも全能力を持ってクラシックを戦える。そうして胸のつかえがとれた柴田政人騎手は、改めてミホシンザンとこの年のクラシックに向き合うこととなった。
柴田政人という人は、そういう人なのである。
中山1600mで新馬戦をレコードの9馬身差。2戦目の水仙賞で中山2000mも2馬身差とミホシンザンにとって中山競馬場自体は適性として問題のあるものではなかった。加えてファンの間には前年に岡部騎手がビゼンニシキではなくシンボリルドルフを選んで結果を出したことも脳裏に焼き付いていた。
柴田政人が選んだミホシンザンが一番だ。そうメディアも煽り、ミホシンザンはこのレースで2歳王者を抑えて単勝1.6倍に推されることになる。スクラムダイナやサザンフィーバー以外にも関西3歳(現2歳)王者ダイゴトツゲキや3戦3勝のブラックスキーらがいたレースレベルを考えれば、このオッズは異常事態といってもいい。
そんな状況にニヤリとしたのがサザンフィーバーに乗り替わった増沢騎手だった。先行に特化した増沢騎手の逃げ、先行は職人芸ともいえる。
ミホシンザンが中団後方に位置すれば自然と騎手の意識はそちらに向く。サザンフィーバーは太めのジュニアCを叩き、「不得手どころではなく、走れない」とまで調教師に言われた道悪の共同通信杯で敗れた(勝ち馬も後に雨が1?でも降ったらといわれるサクラユタカオーだった)が、その2戦を通してコンディションはベストに近いものとなっていた。スプリングSと皐月賞は限りなく勝利に近いと、この名手が感じたことはむしろ必然ともいえただろう。2馬身差をつけてペースをコントロールする増沢騎手。中山1800mのコース形態も、それをより容易にした。この策にもっとも速く対応してくる岡部騎手とスクラムダイナは中団のインで外に出せず動けずにいる。
「これはもらった!」と増沢騎手は確信に近い予感をもって直線で追い出しを始めた。サザンフィーバーのスピードに陰りはなく、中山の急坂の中で伸びている馬の2馬身差を詰めてくるような馬はまずない。
そんなサザンフィーバーが直後、転倒する。スタート台の穴に右前脚が入りバランスを崩したのだ。この転倒で後続はパニック状態となる。ブラックスキーやファンタストは戦意喪失。その最内を縫うようにして岡部騎手とスクラムダイナが混乱を抜けだし先頭を伺おうとした。
そこへ外から一閃の捲りを決めてきたのがミホシンザンと柴田政人騎手である。
競馬に限らず、なぜそこに、どうして? という理由のない瞬間という状況は、スポーツには往々にしてあるが、この日のミホシンザンはまさにそれであった。落馬による混乱の影響をほぼ受けず、ヴィクトリーロードともいえるコースを走り抜けてくる。
スクラムダイナにつけた1+3/4馬身差は、決定的という印象を多くのファンや記者に与えるものであった。
「3冠馬シンザン最後の傑作が3年連続の3冠馬誕生に挑む」
この日からミホシンザンは、明らかに違うレベルの馬として人々にとらえられることとなった。
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