2012/05/08 齋藤 俊介「名馬列伝」
【名馬列伝】マイル戦線の世代交代を告げる一戦/92年京王杯SC
1992年の京王杯SCは、安田記念前哨戦にふさわしい、歴代でも有数のメンバーが顔を揃えていたといえるだろう。
前年のマイル路線を引っ張ったダイイチルビー(安田記念勝ち、マイルCS2着)が1人気でダイタクヘリオス(91年マイルCS勝ち)が2人気。この両者が2.1倍、2.9倍と人気を分け合った。これに、中山記念を勝ってきた大器ダイナマイトダディが3人気、重賞5勝の牝馬スカーレットブーケ(後にダイワメジャーの母となる)が4人気。ここまでの10戦中8勝が1人気、東京新聞杯でもナルシスノワール、ダイナマイトダディと接戦し、前走のコーラルSを完勝してきた期待馬バンブーパッションが5人気と続いていく。
実績馬対上がり馬の構図に、G1馬にはプラス2キロという斤量差も加わりファンには実に予想のしがいがある想定となっていた。
そして、レースはスタートからリンドホシがつまずき、シンボリガルーダがあおって出遅れという始まりになった。反対にダッシュよく飛び出たスカーレットブーケ・千田輝彦騎手が一気に飛び出ていく。久々の短距離戦をスカーレットブーケは気持ちよさそうに前に出ようとし、これをなだめながらペースを刻んで行った。これにレッドビクトリー・橋本広喜騎手が掛かり気味に2番手へつける。
12.5 - 10.8 - 11.2 - 11.5- 11.3
と5F57秒3の速い流れだったが、馬なりでダイナマイトダディ・加藤和宏騎手が3番手、その外にダイタクヘリオスと岸滋彦騎手。さらにその外へヤマニンゼファー・田中勝春騎手が並んでいた。この先行集団を見ながらバンブーパッションと南井克己騎手、その後ろにダイイチルビーと河内洋騎手がつけて中団を形成している。
このペースでもこの集団は騎手が抑えて走っている状態。そもそもの速さが違う、器が違うことは誰の目にも明白だった。
「作戦なんだよ、伊藤雄二(調教師)の。2頭出しで(スカーレットブーケに)引っ張らせる。これで河内(ダイイチルビー)が差しきりだ」というつぶやきをした記者もいたが、直線で輝きを放ったのはダイナマイトダディだった。
馬場の3分所を馬なりで進み、加藤騎手はゆっくりと追い出しの時を計っている。逃げた2頭を交わし、坂を上がりながら外の気配を用心深く伺っていた。
ダイタクヘリオスがこれに必死にくらいつこうとするが、坂上で加藤騎手がゴーサインを出すとその差は一気に広がっていった。
そして、このダイナマイトダディを追ってきたのがヤマニンゼファーとバンブーパッションだった。追って追って馬場の真ん中から馬群を割ってきたバンブーパッションは南井騎手のステッキにこたえ、ダイタクヘリオスをパスすると一完歩毎にその差を詰めていった。
一方、抜群の手応えに自信満々にヤマニンゼファーを外へ出した、いや出していたのが田中勝騎手。ダート1200mの自己条件からというステップは異例中の異例であり8人気、単オッズ45.1倍という支持も一般論では当然ともいえただろう。
しかし、この馬には走れる、勝ち負けになるだけの理由は備わっていた。
キャリア5戦、900万下(現1000万下)のダート戦を勝って挑んだスプリンターズSでダイイチルビーから1秒差の7着という結果には「やはりダート馬だったのか」という見方もしたくなる。しかし、この7着は1人気ケイエスミラクルの故障(競走中止)に巻き込まれたものであり、芝自体は問題としなかった。むしろ、そのキャリアでG1の流れにスピード負けすることなく、馬なりで中団を追走したそのスピードの絶対値に刮目すべきであったのだ。
わざわざ関西へ遠征して羅生門Sを勝った時、手綱を任された天才・田原成貴騎手は「器そのものが違う」という内容をコメントしている。負かしたメイショウホムラが後に武蔵野S(当時はOP特別)、フェブラリーH(現在のフェブラリーS、当時はGIII)を勝つ馬であったことからも、そのコメントは裏付けられるだろう。父ニホンピロウイナー、母ヤマニンポリシーという晩成の血は、ここへきて秘められた潜在値をいよいよ解放しようとしていたのである。
ダイイチルビーを従えるように外から加速を開始したヤマニンゼファーは、ギュンと伸びて2番手を伺う勢いだった……が、その刹那に小さなアクシデントが起こる。田中勝騎手の左ステッキに過剰に反応したヤマニンゼファーが、さらに外へと斜めに飛ぶようにふくれてしまったのだ。バンブーパッションの1馬身前にいたゼファーは、ステッキを持ち替えて田中勝騎手が立て直した時にバンブーパッションの1馬身後方にポジションが入れ替わっていた。
そこからバンブーパッションを目標にヤマニンゼファーが併せるように追撃を再開。この2頭の併せ馬がダイナマイトダディを猛追していった。しかし、ダイナマイトダディと加藤騎手は最後まで主導権を握りつづけこの2頭を半馬身抑え込んでゴールすることに成功した。
「57キロでこれだけ強い勝ち方なら文句なしです。自分の方も伸びているので、外から来ても特に慌てることはありませんでした」
と加藤騎手は勝つべくして勝ったとその言葉に力を漲らせ、まだ余裕も残していたことを率直に伝えてくれていた。一方、勝ち馬から0秒4差4着のダイタクヘリオス、0秒5差5着に敗れたダイイチルビーの両陣営は複雑な心境を隠せないでいた。斤量差なのか、それ以外にも要因があるのか。特に、この年に入ってから持ち味の爆発的な切れがすっかり見られなくなってしまったダイイチルビー陣営の顔色は、より深刻さを増しているように伺えた。これは、負けたとはいえ「通用する」と自信を深めた2、3着馬も陣営の周囲に漂う明るい雰囲気とは実に対照的な様相である。
マイル路線における世代交代の足音は、もうそこまで忍び寄ってきていたのだった。
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